No.555【受刑者と文鳥】

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これは、ある宗教家の述懐である。

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随分むかしの話ですが、僕の祖母は教誨師をしておりました。刑務所に入った人の心のケアをする仕事です。

ある時、祖母が30代で死刑確定となった受刑者の担当となりました。どんなことでも理解が出来る頭のいい受刑者だったそうですが、お父さんとお母さんのお陰という話になると、途端に・・

「死んでも恨んでやる❗️」

「ああいう親に育てられたせいで自分はこういう人間になったんだ❗️」

と、そう言い切ったそうであります。

ところがある時、祖母が面会に行きましたら、祖母の顔を見るなり、その受刑者が「わーーっ❗️」と嗚咽したそうであります。そして当時、祖母のことを〈おかあさん〉と呼んでいたようですが・・

「おかあさん❗️長い間、両親に対して逆らい楯突いてばっかりで申し訳ありませんでした。こんな息子を持ったがために、お父さんお母さん、どんなに辛い思いをしているんでしょうか・・夕べ、この独房から両手ついて心からお詫びしました」

と言ったそうであります。

言われた祖母のほうはビックリですよ。昨日まで「死んでも恨んでやる」と言っていた両親に対して心からお詫びをしたんです。

「あんた、どうしてそんな心になれたんだ?」

と、祖母は訊いたそうであります。するとその受刑者は・・

「はい、おかあさんに、以前差し入れて頂いた〈文鳥のツガイ〉のお陰です」

と、こう応えました。

祖母は、どう言葉を尽くしても親のお陰が分からんその受刑者に〈文鳥のツガイ〉を差し入れたんだそうです。

「この文鳥の命はアンタが守りなさい。アンタが餌をやって、この文鳥を育てなさい」

と委ねたんです。

ところが刑務所の中ですからねぇ、「餌くれ」言うても貰えない。そこで、30年間シャバでも仕事をしたことがないその受刑者が、鳥の餌欲しさに、初めて、一生懸命、刑務所の中で封筒貼りの仕事をして働いたそうであります。

そして時給何円かのお金を貯めて、貯まる度に鳥の餌を求めましてね・・・そして・・

〈お前の命はオレが守ってやるぞ!〉

と、我が身のことを忘れて、鳥の命を守るために一生懸命に働いて餌を与え続けたそうであります。

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そうして餌を与え続けておりましたある時、ツガイの文鳥ですからペアリングしたそうであります。

「あっ!卵が生まれたらどうなるんだろう・・」

鳥に詳しい看守の方に相談したらね・・

「小鳥、ヒナが生まれたらなぁ、摺り餌がいるぞ」

「すり餌ってなんですか?」

「それはなぁ、柔らかいなぁ、お前の麦飯かなんかを水でふやかしてなぁ・・それになぁ、芽が出たばかりの若葉を入れてなぁ、摺り込んでやれ。それを親鳥の横に置いといてやったら、親鳥がそれをヒナに運んでヒナは育っていくんだよ」

と教えてもらったんです。

彼は一生懸命に働きましてね。それから菜種を差し入れして貰って、そして我が独房にあった雑巾を水に浸しましてね。その雑巾の上に菜種を蒔いて、1日中、小さな窓から差し込んでくる光に当ててね・・

〈ヒナが生まれたらなぁ、若葉がないと死んでしまう。早う芽ぇ出せよ〉

と育てました。

ところが雑巾の上ですからね。種割れして根っこがチョロッと出るそうですが、葉っぱまでは育たない。

どうして育たんのやろと、また看守さんに相談したらですね。

「アホかお前、土の中に植えにゃ育たんわぃ!」

そうかと、人が泥まみれになって働いてる姿を見て馬鹿にしてきたけど、土って尊いもんやなぁということを学ぶんであります。

そしてこの受刑者は、所長の面会を申し出ましてですね。自分のことでも下げたことのない頭を、生まれてくるかどうかも分からない小鳥の命を守りたい一心で・・

「お願いします。どうか菓子折1パイでいいから土を差し入れして下さい」

と懇願するんであります。

中々そんな土なんて入れられないんですよ本当は・・差し入れてね、もし受刑者が口に含んだりしたら大変なことですからね。

しかしその願い出、真実と受け取った所長さん、土を差し入れてくれました。

やがていっぱい芽が出た。そしていっぱい卵が生まれた。ヒナがいっぱい育っていくんです。

そうして見返りを求めない心、尽して尽して尽し続けた結果、今まで一切分からなかった親のお陰が分かる人間に生まれ変わった受刑者の姿であります。

やがてその受刑者のね、死刑執行の日がやって来た。もう祖母はねぇ、気がフレたように泣いたそうです・・・

こんなに親のお陰が分かる心に生まれ変わっているのに・・と、こういう思いであります。

その受刑者がこの世に残した最後の言葉はこういう言葉であります。

「おかあさん、人間は必ず生まれ変わるんですよね。今度僕が生まれてくる時は、人のために正しいことで泣ける程の努力が出来る子供となって帰ってきたいと思います」

と言うんですねぇ・・そして・・

「私のような者がいるために、処刑を執行なさる方は、どんなに嫌な思いをなさるんでしょうね。おかあさんから呉々もお詫びを申し伝えて下さい」

これが、この世に残した最後の言葉だったそうであります。

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独房ではねぇ、餌をイッパイ食べさせてくれる優しい〈おとうさん〉の帰りを待つ文鳥たちがね、鳥籠の中で鳴いていたそうであります。

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(この投稿は〈死刑制度〉の是非を問う意図はありません)

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