No.56【異次元空間の部屋】

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もう随分むかしの話である。
その日は、国際的に有名なジャーナリストの講演会があった。彼はテレビでもよく拝見する人で、著書も多かった。人気があるジャーナリストだけあって、開演時間の二時間も前だというのに、ホテルの4階にある一番大きな宴会場「☆★の間」の前のホワイエはすでに多くの客で溢れていた。
私は先生がホテル内をスムーズに移動できるようにアテンドをする係になっていたので、到着後、予定通りに3階の控室に先生を案内した。
3階には小部屋が4部屋並んでいて、小宴会や会議などに使われることが多かったのだが、先生の控室はその中のひとつが使用されていた。警備の関係と安全を考えるうえから、部屋の前には先生の存在を示すような「行灯」は一切置かれてはいないし、他の3つの部屋も今日は予約を断って完全な空室になっている。VIP待遇なのだ。
さて、控室の中は案外広くて、長ソファーが2台、シングルソファーが2台、真ん中にガラス製のテーブルがあって、大きな窓ガラスの横にはバーカウンターとサービステーブルが据えられている。観葉植物の鉢も四隅に置いてあった。バーカウンターにはバーテンダー、サービステーブルの前には女性サーピス員がニコニコしながら立っている。アルコールからソフトドリンク、カナッペやプティフールまでが揃えてあった。
先生をその控室に案内したあと、私は警備員のように部屋の外に立って待機していたのだが、暫く経って「カチャッ!」とドア開き、中から先生が顔を覗かせてこう言った。
「あの~すいません、トイレはどちらでしょう?」
「はい!トイレでございますか、御案内致しますのでどうぞこちらへ・・・」
そう言って、ゆっくりと歩きながら、私はホワイエの奥にあるレストルームの近くまで先生を案内し、返りもアテンドをしなければならないのでそのまま待機していた。
先生は間もなく出てこられた。
再びゆっくりとアテンドをしながら控室の前まで返ってきた私はドアノブに手を掛け、扉を開けながら中へと誘導した。
「どうぞ・・・」
先生は軽く会釈をしながら部屋に入った、途端に叫んだ!
「なんだこれは~っ!」
「えっ?えっ!」
驚いて私も声をあげた。
見れば部屋が空っぽになっているのだ!誰もいない!なんにも無い!
《えっ?なんだこれは~っ!》
あっ!っと思った。
《そうか!行灯の無い部屋が4つも並んでいたのだ。隣の部屋と間違えたんだ!》
気付いた時にはもう後の祭りだった。
「申し訳ございません❗️隣の部屋と間違えました!申し訳ございません!申し訳ございません!」
冷や汗タラタラで平謝りに謝るばかりであったのだが、幸いにジャーナリストは心の広い人だったようである。
「・・なんだよぉ~ドッキリかと思ったよ~気を付けてくれよ~」
そう言いながら先生は隣の控室に戻っていって下さったのである。
その後、上司からのお咎めが一切なかったということは、先生がホテル側にクレームを入れなかったということなのだろう。
・・・・・・・・・・
いま思い出しても冷や汗が出るような失敗であった。

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