No.67【能天気な患者】 Uncategorized X Facebook はてブ Pocket LINE コピー 2022.08.23 数年前、大腸癌検診で癌が見つかった。ポリープ3つの内の1つがステージ1の初期癌だという。内視鏡手術で3つのポリープは取ったのだが、問題の箇所の大腸壁に癌の浸潤が認められるという。結局、身体に優しい腹腔鏡術式を施して、大きく開腹をせずに、10cmほど大腸を切除、縫合し、周りのリンパ節も切除、という手術を受けることになった。・・・・・・・・やがて手術の日を迎えた。手術台の上で麻酔マスクを口にあてられると私はすぐに意識がなくなっていった。・・・・・・・・・「〇〇さん!起きて下さい!」そう言いながら誰かが私の身体を揺する。《せっかくいい夢をみていたのに誰だ~起こすのは~》そう思いながら目を開けると手術台の上だった。《そうか~大腸癌の手術をしたんだ》手術は無事終了したようである。・・・・・・・・・・・手術後の経過は順調そのもので、1~2週間で退院できるということだった。「腸の動きをよくするために院内をしっかりと歩いて下さいね」という主治医の指示どおりに、私は毎日、1階から6階の間をエレベーターに乗らずに階段を使った。下腹部の膨張感と痛みとがあったのだが、腸を切っているんだからこんなもんなんだろうと思っていた。ところが明後日が退院というある日、1階のコンビニ前で急激な腹痛に襲われて動けなくなってしまった。それは大腸の繋ぎ目から便が腹腔内に洩れて、急性腹膜炎を起こしての激痛だった。すぐに緊急の開腹手術をすることになった。・・・・・・・・・どれくらい時間が経ったのだろうか。私はICUのベッドの上に寝かされていた。そして夜中まで医師と2~3人の看護師が付きっきりでなにかの処置を施していたようである。「先生!血圧が下がってます!」「〇〇*☆を★◎■して!」そんなやりとりが聞こえたりした。・・・・気がつくと朝になっていた。ベッドの足元には看護師長さんが立っていた。そして涙ながらにこう言った。「〇〇さん、良かったですねぇ」大体、腸をちょっと切って繋げるだけの、別に、そんなに大ごとでもないと思っていた私だったのだが、聞けばどうやら死ぬところだったらしいことが分かった。腹膜炎は敗血症を併発して死に至ることが多いのだという。腹腔鏡術でたまに死亡者が出るということはこういうことなんだと大いに納得した。しかし私は医者を恨んだりする感情は一切湧いてはこなかった。誰だって失敗しようと思って手術をするわけではないのだから。開腹手術は腹部を縦に大きく切って内臓を洗浄するものであった。結果、私の下半身は傷だらけ管だらけになり、右脇腹には人工肛門の穴が開いてしまったのだが、ま、死ななかったんだから良しとしよう。・・・・・・・2ヶ月後「あなたのような患者さんだと医者は救われます」と主治医に感謝されながら私は退院した。それから3ヶ月後に人工肛門を塞いで腸を元に戻す手術を経て、今では酒も飲む普通の生活をしている。まぁいいではないか、生きているんだし、あれから癌の転移等もまったく無いのだから。・・・・・それにつけても思い出されるのは、美人看護師さんにやってもらった、嬉しいような恥ずかしいようなオムツ交換のことである。おっと!来週はCTの定期検診だ。
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