No.134【うなぎパイ】

Uncategorized




若かりし頃、ピアノ調律の勉強のために、浜松のとあるピアノメーカーに在籍していたことがある。昼間はピアノ工場のラインに入って実際にピアノを作るのだが、ピアノを知るうえでは大変に勉強になった。調律に関しては工場のラインが止まっている夜間に勉強した。

ピアノの製造は流れ作業でやる。〈響板〉〈塗装〉〈張弦〉〈親板・天板〉〈ペダル〉〈鍵盤〉〈アクション〉〈調律〉〈整音〉・・・等々、流れに遅れることなく、それぞれが与えられた作業をこなしていかなければならなかったので、ライン稼働中は気が抜けなかった。

休憩時間のベルが鳴って、ラインから解放された我々は、一斉に外に出て休憩室に向かうのだが、工場の周りにはいつも甘い香りが漂っていた。

それは、お菓子の匂いだった。

ピアノ工場の、道路を隔てた斜め前には、浜松銘菓《うなぎパイ本舗》の工場があって、辺りにいつもいい匂いを振り撒いていたのだ。

《うなぎパイ》には(夜のお菓子)という妙な形容詞が付いていたので、最初は、どういう意味なんだろうかと思ったのだが、要するに鰻で精力をつけてね、ということなのだろうと、勝手に解釈した。

ある日の休憩時間、いい香りに誘われて、パイ工場の前まで行ってみた。すると、入り口には、欠けたり折れたりして商品にはならない《うなぎパイ》が、透明な袋に入れられて大安売りされていたのである。普通に買うと結構な値がするパイなのだ。余りの安さに嬉しくなって、私は3袋も買ってしまった。

その日の夜、買ってきた(夜のお菓子)3袋を全部食べてしまった私の夜が、一体どうなったのかはご想像にお任せすることにするが、浜松と聞けば、今でもピアノ工場の日々と《うなぎパイ》のことを、懐かしく思い出すのである。

コメント

タイトルとURLをコピーしました