No.182【鵜飼の芸者】

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僕が生まれ育った街には〈鵜飼い〉という伝統行事があった。何百年も続いている夏の風物詩だ。

鵜舟に鵜匠が乗って、糸をつけた沢山の鵜を操っては、松明の明かりに寄ってきた鮎やウグイなどの魚を捕るという古くからの漁法だ。

僕は高校の夏休みに、その〈鵜飼い〉のアルバイトをしたことがある。まさか鵜匠のようなことをするアルバイトではない。〈鵜飼い〉では、鵜が川に潜って魚を捕るところを目の前で見るために、何艘もの遊覧船が出るのだが、その遊覧船に乗る観光客を船まで案内をする、というアルバイトだった。

遊覧船には屋根が付いていて、軒にはいくつもの提灯がぶら下がっている。夜になると提灯に明かりが点って観光ムードをいっそう盛り上げていた。

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「は~い!〇◆株式会社のお客様~・・はいっ!3号船にお乗りくださ~い!お足元に充分お気をつけ下さ~い!」
「9名で起こしの☆☆様でらっしゃいますね。はいっ!5号船にご乗船ねがいます~」
「はいっ?お二人で起こしの◎◎様ですね・・はいっ!乗り合いの11号船にお願いいたしま~す」

乗船場で、予約のお客さんをそれぞれの船へと案内する。

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当時の〈鵜飼い〉は、全国からの観光客で大変に賑わっていて、たまには有名な俳優や演歌歌手とか、はたまた政治家までもがお忍びで遊びに来ていたほどだった。
そして特別に手配をすると、板前が一緒に乗り込んできて、七輪を使って船の上で鮎を塩焼きにしてくれた。

板前を呼ぶようなお客さんは、大抵は芸者を呼んでいることが多かった。

暑かった日中とは違って、夜の川風が涼しい川面に繰り出て、鮎を捕る鵜を間近に見ながら、板前が焼いた鮎をツマミにビールを飲む。傍らでは提灯の明かりの元で、着物姿で日本髪の芸者が三味線をつま弾きながら〈小唄〉の一つも唸っている、といった案配だ。

・・・・・・・

「18号船のお客様は全員乗船されましたでしょうかぁ?・・はいっ!有り難うございます。すぐに板前さんと芸者さんが来ますので少々お待ち下さい。申し訳ございません」

板前と芸者は間もなくやって来て船に乗り込み、船頭たちが川底を竿で突くと、船は静かに岸を離れていった。

芸者は川面に背を向け、船の縁に腰をかけて三味線の糸の音を合わせ始めた。そこへ他の遊覧船が接近してきてアワや接触しそうになった。慌てた船頭が川底に竿を突き立てて船を止めようとした時だ。船がグラッと揺れて芸者がバランスを崩し、三味線と共に後ろ向きに川に落ちていった。

「ザッバ~~ン❗️」

芸者は水の中で一回転して、鵜の間から顔を出したが、頭からはカツラが落ちていた。

《バシャバシャバシャ❗️》

「ゴボッ❗️助けて~っ❗️助けて~っ❗️ガボッ❗️」

着物なので身動きが取れないのだ。

「ワッハッハッハッ❗️」

周りの視線は〈鵜〉よりも、完全に芸者に集中して最高に盛り上がっている。

「ザバ~ン❗️」
「ドボ~ン❗️」

浴衣姿のオジサンが一人、他の船からまた一人と川に飛び込んだ。オジサンたちは何とか芸者を捕まえて浅瀬まで連れてきた。

ずぶ濡れになってヨタヨタと、それでも三味線とカツラだけはしっかりと両手に持って芸者は岸に上がってきた。これで鮎の一匹でも口に咥えていたらチャップリンかロイドの映画じゃないか。

ともあれ芸者は無事だった。けれども、とんだハプニングのお陰で主役の座を奪われてしまった〈鵜たち〉なのであった。


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