No.9【イヤホンの青年】

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若い頃、東京にいた時の話である。
カッターシャツに紺のスラックス、紺のニットタイに革靴、手にはアタッシュケースを持っている。そして退屈しのぎに秋葉原で買った豆ラジオを胸のポケットに忍ばせて、イヤホンでラジオを聴きながら、私はブラブラと街中を歩いていた。
あれは本駒込あたりだっただろうか、交番の前を通り掛かった時、ふと掲示板が目に入ったので、なんの気はなしに立ち止まって指名手配の顔写真を眺めていたが、急にスケジュールのことが気になってきたので手帳を取り出し、思い出したことをメモっていた。
すると交番の中からひとりの警官が小走りに出て来て私の横に立ち、若い私にビシッ‼️と敬礼をしたのだ。そして
「御苦労様です‼️」
と言ってサッ!と返っていったのだった。
あっけにとられた私は、え?え?と思うばかりなのだが、やがて事の成り行きを理解することができた。
私のいでたちである。カッターシャツにネクタイ、スラックスに革靴、アタッシュケースを持っていて極めつけは耳のイヤホンである。そして指名手配犯の写真の前でメモを取っている。もう決定である。彼は私を、東大卒かなにかのキャリア組警察官だと思ったに違いないのだ。さもなくば、飛び出してきてあんな敬礼なんかするはずがないのだ。
それにしても階級社会のキャリア組の威力は凄まじいものだということを垣間見た一件であった。

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