No.574【リクエスト】

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僕は若いころ楽器店に勤務していた。

当時は景気のいい時代だったので楽器がよく売れた。ピアノやエレクトーンを中心に、LMライトミュージック関係のエレキギターやアンプ類、ドラムスやフォークギターなどもよく売れた。

ところで社長を筆頭に、この店の従業員はお酒好きばかりが揃っていたので、売上好調の波に乗って皆んなでよく夜の街に繰り出した。

夕方から小1時間は居酒屋で下地をつけると、続いて馴染みのスナックに雪崩れ込むというのが常だった。

社長はギターの名手だったので、水割りを呑む合間によく演奏をしていた。楽器をやる男は女にモテるというが、社長も例外ではなくて奥様をヤキモキさせた。

店のママも社長のギターを聴きたさに、社長用のギターを、社長の店で買って店に置いていた。30万もする〈マーチン〉だった。

そして社長のセールスにより、スナックといえどもグランドピアノとエレクトーンが備えてあるのだ。

誰がそれらを弾くのかといえば、一緒に連れて来ている音楽教室の若くて美しい女性講師達が弾くのである。

ギター演奏あり、若い女性講師のピアノ・エレクトーン演奏あり、そして定番のカラオケありなのだから、いつでも大盛り上がりのスナックだったのだ。

そして暫くの間、ギターやピアノやエレクトーンなどの演奏が続いた後には、必ず僕にリクエストが回ってくるのである。

キープしてある〈SUNTORYホワイト〉の水割りを飲んでいると先輩の声がする。

「お~い!そろそろ〇〇くんの出番だぞ~っ❗️」

社長も催促してくる。

「おう!〇〇くん!そろそろ★★先生のエレクトーン伴奏で〈たて笛〉を吹いてくれよぉ❗️〈コンドルは飛んでいく〉を頼むよ」

そうして〈たて笛〉で〈コンドルは飛んでいく〉を披露するのだが、〈たて笛〉は南米の〈ケーナ〉の音色によく似ていたので、なかなかいい感じなのだった。

今では〈リコーダー〉と呼んでいるが、当時は〈たて笛〉と言っていたのだ。

小学校で〈たて笛〉を習ってから、僕は趣味でずっと〈たて笛〉を吹いていて、独学なのだが、バッハ・ヘンデル・テレマン・ビバルディなどの〈バロック音楽〉から〈童謡〉〈映画音楽〉までなんでも吹いた。

そしてある日のこと、スナックの常連のオジサンから〈演歌〉のリクエストがあったので、ピアノの先生に伴奏をお願いして〈津軽海峡冬景色〉を演奏したことがあった。

それがことのほか受けてしまって、それ以降、他のお客さんから色々な〈演歌〉のリクエストが殺到するようになってしまったのだ。チョッとした〈たて笛演歌ブーム〉が起こったのである。

ある夜、1人の男性客から質問があった。

「それ、ウチの娘が持ってる〈たて笛〉と同じヤツかぁ?」

「はい、そうですよ~」

「えぇ~っ❗️信じられんなぁ・・ワシでも吹けるんかなぁ?」

「はい、誰でも吹いたら音は出ますよ」

「あっ!そう・・社長~❗️これなんぼ?」

「1.200円❗️」

するとその常連さんが言う。

「〇〇くん、〈たて笛〉教えてくれんかな?」

「あっ!いいですよ」

「社長~っ❗️ワシ〈たて笛〉買うわっ❗️」

そんなことがあってから、スナックの4・5人の常連さんが演歌を吹きたさに〈たて笛〉を購入くれたのである。

それはそれで嬉しいのだが、どうせなら〈たて笛〉じゃなくて〈サクソフォン〉くらいだったら、少しは店の売上に貢献出来ただろうに、如何せん1.200円の〈たて笛〉が4・5本では、ちっとも商売にはならないのであった。

(エレクトーンは、電子オルガンであり。ある楽器メーカーの商品名である)

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