No.54【瞬間解凍】

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その披露宴ではセコンドを担当していた。
ホテルの宴会課の結婚式・披露宴には、キャプテンとセコンドがいる。キャプテンは全体の責任者として御両家との細かい打ち合わせをしたり、披露宴の時の新郎新婦入場の先導などをする。
片やセコンドはというと、披露宴全体の進行をチェックして、司会者や音響照明にキューを出したり、料理を出すタイミングをコントロールしたりする役である。
その日の披露宴の媒酌人は小さな島の村長さん御夫妻だったのだが、媒酌人を務めるのは初めてのようだった。ましてや、大きなシティホテルなので朝から非常に緊張している様子であった。
・・・・・・・・
さて、結婚式は滞りなく終わり、やがて披露宴が始まった。
入場セレモニーも終わって、媒酌人御夫妻、新郎新婦の四人はステージ上の高砂の席に揃った。
さて、ホテルのステージには、20cm・40cm・60cmの三種類の高さがあって、この披露宴には60cmの最も高いステージが使われていた。実際にその上に立ってみると、下から見る以上に高い感じがする。慣れている我々ホテル従業員でも、本番中そこに上がると緊張するくらいなのだ。四人はその高いステージの上にいるので緊張していることは想像に難くない。
会場にナレーションが流れる。
「それでは、本日、御媒妁の労をおとり下さいました、〇□△◎様より、御挨拶を頂きたいと存じます。では〇□様、宜しくお願い申し上げます」
司会者に促されて媒妁人御夫妻、新郎新婦が立ち上がる。私は媒妁人の後ろで椅子を引いたあと、前に廻ってマイクの高さを合わせる。媒酌人の椅子引きとマイクの調整はセコンドの担当なのだ。
《どうぞお話し下さいませ》
と、小さな声で挨拶の開始を案内したあと、私は高砂の雛壇を降りて、少し離れたところから媒妁人を見守っていた。
「・・・・・・・・」
ところが媒酌人がしゃべらないのだ。
「・・・・・・・・・」
ジッ!と立ったまましゃべらない。
「・・・・・・・・・・」
30秒・・・1分・・・・・・
しゃべらない。
お客様は固唾を飲んでいる。会場は水を打ったようにシーンとして時間が止まっている。もう息が詰りそうで耐えられない。
「・・・・・・・・・・・」
すると媒酌人がゆっくりと私のほうを振り向いたのである。私は静かにステージに上がっていった。
《はい、どうなさいましたか》
私は小さな声で訊ねると、小刻みに震えながら媒酌人が言う。
《あの~女房のバッグの中に挨拶文を入れたまま忘れとりました。すんませんが、取ってきてくださらんか》
なるほどそういうことだったのか。すぐさま新婦の隣に立っている媒酌夫人のところへいって事情を話すと、奥様はバッグから挨拶文を取り出して私に渡して下さった。すぐに媒酌人に手渡して私は壇上を降りた。
シーンとした中、媒酌人は挨拶状を封筒から取り出して便箋を開き、マイクの前で構えた・・・・
「・・本日は・・・・・」
サ~ッ!っと会場が溶けた。
死ぬかと思った。

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