No.62【握り寿司の怨念】

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そのホテルでは、披露宴の料理に寿司が付く場合には、予めテーブルに寿司桶を先付けしておくことになっていた。
・・・・・・・・・・
「おっ!そろそろ寿司取りに行ってくるか!」
2人のランナーは和食の調理場のデシャップの前までやってきた。
「すいませ~ん!〇〇の間、婚礼124名、先付けの寿司とりに来ました。お願いしま~す!」
「なんや、すいませんって、なんか悪いことでもしたんか!」
日頃から口の悪いその和食職人はそう言いながら、124個の寿司が乗っている1台のエレクターを押し出してきた。
「お前らボケ~ッと見とらんで出すの手伝わんかい!」
そう言って寿司を通路に出そうとしたその瞬間、デシャップの角にエレクターをぶつけてしまった。
「ガシャ~ン!」
「あ~~~~っ❗️」
「ドッシャ~ン❗️」
重ねて積んであった寿司桶は崩れ落ちて、大量の握り寿司と丸い寿司桶と蓋が通路にコロコロと転がっていった。そして床は寿司だらけになってしまった。
大きな音と悲鳴に和食の調理長がすぐに飛んできたのだが、あまりの状況に暫くは声も出ない。
ぶつけた職人は青い顔をして狼狽えているばかりだ。
料理長は怒る気力もなくその職人に言うのだった。
「・・・・・はぁ~~・・・・・おい、拾えや」
「どうも・・・・すんませんでした!」
「披露宴が終わるまでにもう一回握るぞ・・」
そう言う調理長と一緒に、皆んなで黙々と寿司を拾うばかりであった。
・・・・・・・・
数週間が経った・・・
和食のデシャップ前では一人の女常勤が料理が出るのを待っていた。
この女常勤はなかなかのヤリ手で、女性でただひとり、常勤になった強者である。常勤が着用を許される女性版の黒タキシードを着ている。
「ねぇ~まだですか?炊合せ」
「ちょっと待っとけや!さっきからガタガタうるさいんじゃ!こっちにも都合があるんや!女で常勤になったからって偉そうにすなっ!」
数週間が経って寿司事件のことも忘れたその和食職人は居丈高にそう言った。
ところが「女で常勤・・」という一言にカチンときた彼女はこう言い放った。
「ツベコベ言わずに早く出しなさいよ!寿司転がしっ!」
彼は言い返すことが出来なかった。
・・・・・・・・
以来、その和食職人は、密かに「寿司転がし」と呼ばれるようになった。

*ランナー:調理場から料理を取ってくる係
*エレクター:料理を運ぶ台車
*常勤:社員ではないがプロウェイターの黒服待遇者(ホテルでは格の高い者がタキシードなどの黒服を許される)

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