No.165【池のほとり】

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父親が若かりし頃の話である。酒が入って興が乗った時などによく話してくれたことを覚えている。

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父は電力会社に勤務していた。技術部署だったので、電柱の設置や停電等の〈事故〉への復旧工事などの現場にも出ていた。当時は電力会社の社員も直接工事に携わっていたのだ。

雪の降る寒いある日、停電事故が発生した。原因は、山の中にある送電線が、積もった雪の重みで断線したためのようだった。技術者たち数人が直ちに工事車両に乗って出動する。

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雪の積もった山道を奥へ奥へと入って行く。

現場近くにクルマを停めたら、膝まで積もった雪の中を〈行軍〉のように歩いて、断線箇所を探して歩くのだ。断線箇所が見つかり、作業員たちは電柱に昇って復旧作業を始める。

無事に断線補修工事を終えた作業員たちは、氷が張った池のほとりで一服していた。すると氷の水面を眺めながら、父の友人が、メッポウ酒好きな同僚に対して賭けをしてみないかと言い出した。

「おい!お前なぁ、この池を潜って向う岸まで泳いだら、一升じゃ❗️」

酒好きは目を輝かせて返事をする。

「なにっ?酒一升くれるんか❗️」
「おおっ❗️男に二言はない!」
「ホンマじゃのぉ!ホンマじゃのぉ❗️」

そう念を押しながら、酒好きの同僚は服を脱いで褌一丁になり、小枝で岸の氷を割り始めたのだ。

《コンコン・・コンコン!》

適当な大きさの穴が開いて、いざ池に入ろうと、片足を水面に浸けたその時、たまたまそこを通り掛かった1人の猟師が大声を挙げた。

「止めなされっ❗️なにするんですか~❗️死んでしまいますで~っ❗️電気屋さん❗️なにを馬鹿なことをっ❗️」

猟師は小枝を集めてはそれを燃やし、暖をとってくれたそうである。猟師に止められていなかったら、同僚は死んでいたかもしれない。

それにしても、いくら酒好きとはいえ、当時の〈酒一升〉とは、それ程までに馬鹿げた行動を起こさせるくらいに価値があったということなのだろうか・・昭和30年代の話である。

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