No.284【親切なアラブ人】

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勤めていたホテルのアルバイトに〈中東顔〉をした男子学生がいた。彼は生粋の日本人なのだが堀が深い顔立ちで、口髭や顎髭も濃いのだ。眉毛も濃かったのでほぼアラブ人に見えた。

さてある時、何か思うところがあったのだろうか、夏休みを利用して彼は中東旅行に出掛けて行ったのである。

〈中東顔〉をしていたから中東を選んだと考えるのは短絡的過ぎるだろうか・・・ともあれホテルの皆んなに冷やかされながらも、彼は〈アラビアンナイトの国〉に旅立っていったのである。

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1ヶ月も経った頃、少しだけ日焼けした彼は、無事、日本に帰ってきた。

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ホテルのバイトに復帰した彼は土産話を披露してくれた。

中東の国々では、彼の風貌はあまり違和感なく人々に受け入れられたそうで、〈中東顔〉も伊達ではなかったようだ。

旅行の日程も半ば過ぎた頃である。ある国で、彼は列車に乗るために駅で切符を買おうとしていたそうだ。構内は割りと閑散としている。窓口の前には数台のベンチが備えてあったので、彼は重いリュックと一眼レフカメラをそこに下ろそうとした。そこへ優しそうなアラブ人の青年がやって来てなにやら言い始めた。

通訳本とニラメッコしながら会話擬きをして分かったことは、ベンチに荷物を置くと置き引きされるから止めろ、私が持っててあげるからその間に切符を買いなさい。と言っているらしかった。

事前にガイドブックを読んで、外国旅行の危険性は知っていた彼なのだが、それでも中には親切な人もいるもんだと感心して、荷物とカメラを中東青年に預けて窓口に行こうとしたその時であった。カメラを掴み取った青年はサーッとその場を立ち去ってしまったのだった。

逃げ足は速くてどうすることも出来ず、彼は呆然と立ち竦むばかりだった。

顔はいくら〈中東顔〉はしていても、持ち合わせる文化習慣は世界一安全な国、日本そのものの彼であったのだ。

ひと月の旅行中での唯一の失敗なのだと、苦笑いしながら語る彼なのであった。

もう何年も前の話である。

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