No.340【イニシャティブ】

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そのホテルの宴会課が出す料理は確かに旨かった。特に〈洋食部門〉は秀逸であった。

ホテルの宴会料理というものは、1度に多くの料理を作らなければならないので、上手く仕上げるには相当の熟練技術とセンスが要求された。

それでいて実に旨い料理を出しているのだから、当然、調理場には発言力があり、宴会課のイニシャティブも料理人たちが握っていた。

・・・・・・・

僕がそのホテルの宴会課でウェイターの仕事をし始めてからまだそんなに日が経っていない頃であった。

50名ばかりの宴会のその日のメニューは〈フレンチコース料理〉だった。〈フレンチ料理〉の最初の料理〈オードブル〉に続いて出てくるのが〈スープ〉だ。

その日のスープは〈コンソメタピオカスープ〉であった。アラジンの魔法のランプを丸くしてデッかくしたような銀製の〈チューリン〉という入れ物に、丁度10人分のスープが入っていて、それをお客様に配っていた時である。

まだあまり仕事に慣れていない僕は、1人分のスープのポーション取りを多めにしてしまったために10人目に配るスープが無くなってしまったのだ。

他のサービス員のチューリンもほぼ空になっているので、渋々怖い調理場にいって追加のスープを出して欲しいと頼んだ。

「すいません!」

すると中から怒声が返ってきた。職人の気は荒い。

「あ~っ?なんか悪いことでもしたんかぁ❗️」

「いえ、コンソメスープが1人分足らないので追加を下さい!」

「なに~っ❗️そんなもんあるかっ❗️こっちゃぁキチッと人数分を出しとるでっ❗️」

「あの~お客様が待っておられるんです」

「知るかっ!そんなこたぁ❗️」

ニベもなく断られた。

そこへ宴会副支配人が通り掛かったので、藁をもすがる思いで事の由を説明した。

「そうか、ポーション取りを間違えたのはお前が悪いぞ。以後気を付けろよ」

副支配人はそう言うや調理場全体に響き渡るような大声を挙げた。

「スープの1杯くらいトットと出したらんかいっ❗️」

その声は、日頃、皆んなから陰で囁かれている〈ニヤけた遊び人〉のイメージからは想像も出来ない程のドスの効いたものだった。

あんなに横柄だったチーフが一瞬ビビったあとにこう言った。

「おい、チューリンこっちによこさんかい!」

副支配人の、あのたった一言で、宴会課の主導権が調理場から副支配人に移った瞬間であった。

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