No.350【オー・ソレ・ミオ】

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ホテルの〈壮麗の間〉では500人規模のパーティーが開催されていた。

提供されるメニューは〈フレンチのフルコース〉だ。

オードブルから始まったコース料理は順調にサービスが進んでいて、メインの肉料理も殆んどのお客様が食べ終ろうとしている頃であった。

司会者からこんなナレーションが流れてきた。

「え~・・皆様、ご歓談中のところではございますが、ここで素晴らしい歌声をお聴き頂きたいと存じます・・・お忙しい中を本日お越し頂いております〇〇先生をご紹介申し上げます。〇〇先生、恐れ入ります。どうぞステージの方へよろしくお願い申し上げます」

拍手の中、ステージに上がっていった人は、来賓として出席していた地元の相当なる有力者であった。

司会者が続ける。

「え~~皆様、既にご周知の通り、〇〇先生はオペラが大変にお上手・・お上手というよりも、その腕前、もとえ、喉前はプロ級でございます。先生はイタリア留学時代に専門の医学と並行して声楽を学ばれました。ここで、先生の素晴らしい歌声をお聴き頂きたいと存じます・・歌って下さる曲はイタリアの有名なカンツォーネ、〈オー・ソレ・ミオ〉でございます❗️では先生っ❗️よろしくお願い致しますっ❗️」

先生は伴奏のピアノ奏者と少し打ち合わせをしたあとにステージの中央に移動してピアノの序奏を待った。

すぐに前奏が始まるとやがてピアノは主旋律を誘い、先生の歌声が場内に響き始めた。

「麗し~き~南の島~~・・・」

朗々たる歌声がピアノの音に乗って広い会場いっぱいに溢れる。

ところがここでホテル側に1つの問題が発生していたのである。それは、料理を出すのが遅れているという問題だった。

500人分の料理となると、1品出すにも相当な時間を要するし、お客様が食べ終るのにも時間が掛かるのだ。フレンチのコース料理は食べ終ったお皿やシルバー(ナイフ・フォーク〉を下げてから次の料理を出す訳なのだから遅れるのは当然と言えば当然なのだが、そもそも500人の〈フレンチコース〉なんてのは邪道と言えなくもないのかも知れない。

ともあれ閉会までの時間が迫っている。すぐにでもデザートコースに入らなければならないのだ。

・・・・・・・

会場は〈オー・ソレ・ミオ〉が佳境に入っている。そこへ宴会係長がやってきて料理が遅れていることを知ってこう言ったのだ。

「おいっ!このままじゃ料理が全部出し切れんじゃないか!担当キャプテンは■■かっ❗️なにやってんだ馬鹿野郎っ❗️」

そう言うやサービス員全員に皿とシルバーを下げるように指示を出したのだ。今下げるとマズイことになることくらいは誰にでも想像出来たのだが、係長にはそんな常識は無かったのである。

そして指示を受けた数十人のサービス員が一斉に皿とシルバーを下げ始めると、会場内には500人分の皿とシルバーを下げる音が「ガチャガチャガチャガチャ❗️」と嵐のように渦巻いて〈オー・ソレ・ミオ〉の歌声をかき消してしまったのだった。

途端にステージ上の先生の顔色が変わったかと思うや怒り心頭の表情で壇上から降りてきた。

「おいっ❗️なんだっこの田舎ホテルはっ❗️音楽の礼儀を知らんどころかワシの歌を妨害するとは何事だ~っ❗️社長を呼べっ❗️社長をっ❗️こんなホテルなんかオレの力で潰してやろうかぁ~~っ❗️」

と物凄い剣幕である。それは当然なのである。

すぐに社長以下経営陣がすっ飛んできて平謝りに謝るばかりであった。

結局ホテルが受けたダメージは料理が云々どころの問題ではなかった。さすがにホテルが潰れることはなかったのだが、〈オー・ソレ・ミオ〉の意味である「私の太陽」どころか、クラシック音楽に無知な係長のせいで、「お~それ見よ❗️」という文字通りの大失態を演じてしまったのだった。

(「壮麗の間」の名称は架空のものです)

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