No.351【サニトラの想い出】

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楽器店に勤務していた時の営業車は〈サニートラック〉だった。

それはB110型のサニーで、乗用車版のサニーと同じ、直列4気筒のA12型エンジンを積んでいた。

当初のサニーは1000cc.のエンジンであったが、ライバルのTOYOTAが、カローラに1100cc.のエンジンを載せて「プラス100cc.の余裕」という実に挑発的なCMまで使って対抗してきた為に、今度は日産が排気量を1200cc.に上げて「隣のクルマが小さく見えます」というCMで反撃しながら登場してきた〈サニー〉だった。

ただ単に100cc.アップしただけではなくて、エンジンに使われている〈ベアリング〉を3個から5個に増やしたので、OHV形式ながら非常に滑らかな回転をするエンジンに仕上がっていた。

燃費が良くてトルク感もあるこのA12型エンジンの評価は高く、〈名機〉の誉れ高きエンジンの1つなのである。

楽器店で僕に与えられた〈サニートラック〉は、それまで先輩が乗っていたショートボディのものだった。先輩がISUZUのGEMINIで営業に回ることになったのでお下がりとして僕に回ってきたのだ。

キズも凹みもある白い〈サニートラック〉なんて、まぁどうでもいいや、くらいにしか思ってはいなかったのだが、いざ譲り受けて乗ってみると、その素晴らしさに圧倒された。

出足が凄い❗️信じられないくらいに燃費がいい❗️オルガン式のアクセルペダルをチョンと踏んだだけで「ヒューン❗️」とモーターのように回るエンジンの吹き上がりが凄い❗️小回りは効くし、アップライトピアノを積んでいてもサードギアで発進出来る❗️・・・などなど、とんでもなく高性能なクルマだったのだ。4速マニュアルミッションのクルマなのだが、運転していて兎に角楽しいのだ。

ある日〈走り屋〉の知り合いを助手席に乗せていたら1度運転させてくれないかと頼まれたので運転を代わってやったことがあった。そして運転する彼の口から出るのは「スゲースゲー」という〈サニトラ〉を称賛する言葉だけだった。

「こりゃスゲーわっ❗️噂にゃ聞いとったけどスゲーわっ❗️」

するとハンドルを握ってハシャグばかりの彼の前に、1台の〈スカイライン〉が目に入ってきたのだった。

「よしっ❗️あの〈スカイライン〉と勝負しようやぁ」

そう言うやアクセルを踏んで〈スカイライン〉の後にピタッと付いた。お尻には2000GTの文字が躍っている。

勝負を挑まれたことに気付いた〈スカイライン〉は一挙にダッシュを掛けて〈サニトラ〉を突き放しに掛かった。

〈サニトラ〉の彼はギアをサードに落としてピタッと付いていった。

そうして暫くバトルを繰り広げていると前方に大きな登り坂が見てえきた。

登り坂に入るや否や〈サニトラ〉は車体を右に降って一挙に追い抜きに掛かる。〈スカイライン〉はそうはさせじとエンジンが唸り音をあげている。2車が並走する形になった時〈サニトラ〉はギアをセカンドに落とすやアクセルを目一杯に踏み込んだ。すると左側の〈スカイライン〉が徐々に後方に下がっていって、とうとう〈サニトラ〉が1馬身リードする形になった。

1200cc.の〈サニトラ〉が2000cc.の〈スカイライン〉に勝利した瞬間であった。

「わ~~い❗️やったーっ❗️このクルマがあったらなんもいらんわっ❗️」

知人は大ハシャギをするのであった。

・・・・・・・

何ヶ月か後、いかにも古くなったということで〈サニトラ〉が新車になった。今度の〈サニトラ〉は上半分が白で下半分が濃い目の青色で塗装されていて、ボディには楽器メーカーの〈ロゴ〉と店名とが書いてあった。ロングボディなのでお尻の荷台がチョッピリ長かったのだが基本性能は全く変わらず、相変わらずの高性能を発揮してくれた。

・・・・・・・

〈サニトラ〉との楽しい仕事の日々が続いていた。
ところがある事情から、どうしても楽器店を去らなければならなくなってしまったのである。

愛しい〈サニトラ〉とも別れなければならなかった。

後ろ髪を引かれる思いで僕は楽器店を去り、その街にも別れを告げたのである。

・・・・・・・

それから数年が経ったある日である。後部座席に会社の重役を乗せて、僕はクルマを走らせていた。行き先は偶然にもあの楽器店がある街だった。

そろそろ街に入ろうかという頃、クルマは道路脇にあるクルマのスクラップ屋の側を通り抜けようとしていた。

そこにはスクラップされる前のクルマが積み木のように沢山積み上げられているのだが、その中の1つの山のテッペンに、白と青色で塗装された、あの楽器店の〈サニトラ〉が乗っかっていたのである。

愛しい〈サニトラ〉の哀れな姿を横目で見ながら、胸が痛くなるような思いでその側を通り過ぎていった。僕はクルマを停めてユックリ見たかったのだが、重役を乗せたクルマを停車させることは出来ず、それは叶わなかった。

・・・・・・・

過日、そんな〈サニトラ〉との想い出話を文章にして〈カー雑誌〉に投稿したことがある。それは見事に採用されて、有名な自動車評論家のコメントが書き添えられたらしい。らしいというのが、残念ながら、僕はその〈号〉を手にすることが出来なかったので、直接読んではいないからなのだ。採用のお礼として出版社から送られてきた〈雑誌オリジナルステッカー〉とお礼の文章の内容からそのことを知ったのだ。

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今までに色んなクルマを乗り継いできのだが、僕の中では〈サニトラ〉が未だに最高の名車なのであって、それを越えるクルマに出会ったことはない。

中古車市場では、現在でも高い人気を誇っており、結構な値段で取引されている。

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