No.536【マドンナ】

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中学時代、2年生3学期の終り頃に、僕は体操部の〈副キャプテン〉になった。

女子の体操部も、新年度に向けて〈キャプテン〉と〈副キャプテン〉を決めるべく話し合っていた。男子と女子の体操部は、それぞれが独立して活動していたのだ。

さて、その女子の体操部の中に、全校生徒が認める〈No.1マドンナ〉がいたのだが、美貌だけではなくて人望も持ち合わせていたので、自然の成り行きで彼女が〈新キャプテン〉に決まった。

〈マドンナ〉とは、今風に言えば〈アイドル〉のことなのだが、当時の〈マドンナ〉という言葉のイメージは、現在でいう〈アイドル〉よりも、よりカリスマ性が強い孤高の存在的な意味合いが強かったように思う。謂わば〈スター〉といったところだ。

ある日の部活後のことだった。春休み後に催される大会についてのミーティングをやろうという声が挙がり、どういう訳か、男女合同のミーティングを〈マドンナ〉の家でやろうということになったのだった。

男女それぞれの〈キャプテン〉と〈副キャプテン〉が出席することになったので、計4人でのミーティングということだ。

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〈マドンナ〉の家は小粋な〔寿司屋〕をやっていて、さしずめ彼女はそこの〈お嬢様〉といった感じだった。

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やがてミーティングの日がやってきた。

〈キャプテン〉も僕も、女の子の家に行くなんて初めてだ。ましてや〈マドンナ〉の家なんだから、ドキドキそわそわの2人だった。

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暖簾が掛かった寿司屋の入り口の裏手に本宅の玄関があった。引き戸を開けて声を掛けると、2階から軽やかに〈マドンナ〉が降りてきた。

「いらっしゃ~い❗️■■さんももう来てるよ!はいっ!どうぞ上がって上がって」

「お邪魔しま~す!」

僕達2人は案内されるまま階段を上がっていった。

生まれて初めて入った女の子の部屋には、当時としては珍しい〈ベッド〉が備えてあって、机の上やボードの棚には、可愛い〈ぬいぐるみ〉がイッパイ並べられている。そして部屋中に花のような薫りが漂っていて、なんだか夢の中にいるような感じだ。

そんな中での、少し緊張した雰囲気のミーティングが続いていたのだが、暫くするとドアがノックされて〈マドンナ〉のお母さんが入ってきた。流石に〈マドンナ〉のお母さんだけのことはある。物凄く綺麗なお母さんなのだ。

「まぁまぁ、皆さんいらっしゃい!いつも娘がお世話になっております。お寿司でも食べてからまた始めて下さいね」

出された寿司は小さな寿司桶に入ったもので、上にはタコやイカや色々な魚の刺身が綺麗に並べられている。母親が作る〈バラ寿司〉しか知らなかった僕は大いに驚いた。

それが〈ちらし寿司〉だということは後年になって知った。

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さて、〈マドンナ〉は相変わらすの人気を誇っていたのだが、春休みも終って3年生の新年度が始まった時、生徒会の役員を決める選挙があった。

ここで事件が起きた。

回りに担がれた〈マドンナ〉が生徒会長に立候補したのだ。

当時の学校では、戦後教育の影響からか、〈自由〉〈権利〉〈男女平等〉というような風潮がスタンダードなものになりつつあったとは言え、女子が生徒会長に立候補することは充分に事件と言えた。

〈マドンナ〉の他には、慣例に則って、成績が優秀な男子2人が立候補したので、選挙戦は3人の巴戦になった。

こうして1週間の選挙戦がスタートしたのだが、3人は俄か作りの襷を掛けて、国会議員の選挙戦と同じように、校内中を演説して回った。

ところが前代未聞の女子の立候補者、それも〈マドンナ〉の立候補ということで、聴衆は彼女の前ばかりに殺到した。

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やがて1週間の選挙戦が終った。

そして総ての票が開票された結果は、全校生徒の3分の2の票を獲得した〈マドンナ〉の圧勝だった。

中学校始まって以来の〈女子生徒会長〉誕生の瞬間である。

そうしていよいよ別格の存在となったのだが、そんな〈マドンナ〉の家に行き、彼女の部屋で寿司までおよばれしたんだぞと、密かな優越感に浸る僕なのであった。

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