No.755【ケーキの夢】 Uncategorized X Facebook はてブ Pocket LINE コピー 2023.03.01 ある人気洋菓子店が、従業員に対して過労死レベルの労働を課していたとして、労働基準監督署から数度の是正勧告を受けていたというニュースがネット上に流れた。僕は珍しく記事を最後まで読んだ。と言うのも、実は僕の娘が〈パティシエール〉をしていた時期があり、このニュースに触れた時には、丸っきり他人ひと事とは思えなかったからである。当時、高校の卒業を間近に控えた娘は、大学進学を薦める担任教師の言葉を振り切って〈製菓専門学校〉に行こうと決めていた。どうしても〈パティシエール〉になりかった娘の意思は固く、教師が薦める国立大学への道をあっさりと捨てたのだった。ある〈製菓専門学校〉では、付き添っていた家内に面接官が言ったそうだ。「こんなにいい成績のお嬢さんがウチに来て頂いていいんですか?」・・・・・・・やがて高校を卒業した娘は希望に胸を膨らませて、最終的に選んだ〈製菓専門学校〉に入学した。そして、2年間の充実した専門学校生活を楽しんだようである。生来、手先が器用だった娘は、アーモンド粉末と砂糖で作る細工物〈マジパン〉の製作も得意だったようで、2年生の時には学校を代表して、東京で開催される〈お菓子の全国大会〉に選手として出場もしたのだった。流石に全国のレベルは高くて賞は取れなかったようだが、それでも滅げることなくお菓子作りの腕を磨いていった。やがて2年間の学校生活が終りに近づいてくると、娘は就職口を探さなければならなかった。ところが、ここで洋菓子業界の厳しい現実を知ることになるのである。なかなかいい労働条件の店がないのだ。〈製菓専門学校〉を卒業した生徒たちを待ち受けていたのは、厚生年金や社会保険の保証もない、アルバイトとなんら変わらないような条件の会社や店舗が多いという現実であった。それでも、娘は〈プリン〉が人気で有名な、ある個人経営のケーキ屋さんに就職した。ところが、いざ店員になって働いてみると、端はたから見ていると楽しそうな〈ケーキ屋さん〉のイメージとは打って変わって、仕事は実に厳しいものであったのだ。ケーキ作りは物凄く手が掛かるもので、朝は薄暗い頃から出勤して下ごしらえをしなければならないし、クリスマス等の繁忙期なんて、帰宅するのが夜の12時近くになったりもしたのだ。それでも給料が高ければなんとか辛抱も出来ようが、給料は安い。従業員は〈個人事業主〉扱いである。〈個人事業主〉と言えば聞こえはいいが、その実態は悲惨なものなのだ。だから、その店は従業員の入れ替わりが激しくて1年持てばいいほうだったのだが、娘は根性で2年間勤め続けた。しかし過労には勝てず、いよいよ〈パティシエール〉の世界に見切りをつけて遂に店を辞めたのである。〈パティシエール〉として成功するのは、どうやら至難の技のようだった。仮に運良く〈店〉を持ったにせよ、競合店が犇ひしめく中、1個を¥500―前後の値段でスイーツを売って勝負をしなければならない世界なのだから、従業員に皺寄せがいくのも致し方のないことなのかもしれない。大手メーカーやコンビニの安くてレベルの高いスイーツにも対抗しなければならないのだから、どこかに無理が生じてくることは否めないのかもしれない。総ての店舗がそうであるとは言わないが、街にあふれる〈スイーツ〉の多くは、若い〈パティシエール〉たちのそんな無理によって支えられているのだと言ったら、経営者たちに叱られるだろうか・・それから娘は勉強をし直して〈医療事務〉の資格を取り、現在は〈内科医院〉に勤務している。・・・・・・・過労死レベル云々のニュースを見て、そんなことを思い出したのである。
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