No.803【ホッピーと煮込み】

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あの居酒屋の〈ホッピー〉と〈煮込み〉は美味うまかったよなぁ・・

急に〈ホッピー〉と〈煮込み〉のことを思い出した。

若い頃、僕が東京で暮らしていた時に入り浸っていた〈居酒屋〉の話である。〈ホッピー〉と〈煮込み〉目当てに3日に1回は通ったものだ。

その店の〈ホッピー〉はデカ目のタンブラーにレモンの薄切りと少しの氷が入っているというもので、1杯¥280―だった。他の居酒屋でも〈ホッピー〉を呑んだことがあるのだが、そこのは格別に美味かったのだ。

それから〈煮込み〉だ。牛モツを煮込んだ味噌風味の小鉢で、常連客は必ず注文するという一品である。¥250―だった。

当時カメラが趣味だった僕は、常連客の親しさから、営業中のその店の外観をパネル写真にしてプレゼントをしたことがあった。すると大将とママが大いに喜んで、メニュー短冊の隣に飾ってくれたということもあった。

〈ホッピー〉と〈煮込み〉の他にもそんな思い出がある〈居酒屋〉なのだった。

・・・・・・・

東京を引き揚げてから数十年、ついぞ上京する機会を得なかったのだが、あるとき仕事の関係で上京することになった。千載一遇のチャンスだと言ったらいささか大袈裟かもしれないが、折角なので、懐かしいあの店に寄ってみることにしたのだった。

新幹線から降りた僕は仕事先へと急いだ。午前中の仕事を早く済ませたかったのだ。

なんとか仕事が終ったので、少し早目の昼食を済ませて〈居酒屋〉に行ってみることにした。夕方から仕事があったので、そこで呑むことが出来ないのが非常に残念だった。

〈そうだっ❗️当時よく利用していた都電に乗って行くことにしよう❗️〉

JR巣鴨駅前の近くにある巣鴨新田停留所に向かう。

乗車したのは、都電荒川線という、普通の電車と路面電車を合わせたような電車で、当時はよく利用したものである。

暫くの間、車窓から見える街並みを懐かしんでいると、やがて電車は滝野川1丁目の停留所に到着した。〈居酒屋〉はここで降りて徒歩2・3分のところにあった。屋号を〈蜂矢〉といった。

〈確か、この辺だったけどなぁ〉

滝野川1丁目の停留所で降りた僕は〈蜂矢〉を探してウロウロするのだが、辺りは文化住宅ばかりが建ち並んでいて様子が激変している・・〈蜂矢〉は無くなっていたのだ。

そう言えば近くにあった〈蕎麦屋〉や〈銭湯〉も無くなってるじゃないか・・・
仕方なく〈蜂矢〉のことは諦めて、僕は明治通りの方へと歩いて行くことにした。

明治通りに出てまた驚いた。通りの向こう側にあるはずの、数年間アルバイトをした〈ロイヤルホスト滝野川店〉も無くなっていたのだ。どこかに移転したのだろうか?

そして何よりも、当時は空が見えていた明治通だったのに、頭上には〈首都高速中央環状線〉の桁が張り巡らされているのである。当時の面影なんて微塵もないのだ。

街の変貌には凄まじいものがあった。

〈そうだ、よく遊びに行っていた飛鳥山公園にでも行ってみるか〉

気を取り直して、僕は〈飛鳥山公園〉がある〈王子駅〉方面に歩を進めたのである。

・・・・・・・

暫く歩いていると、やがて〈飛鳥山公園〉の小山が見えてきた。公園の前の都電線路の交差点と、その上を巡っている歩道橋も昔のままだった。〈飛鳥山公園〉だけは変わってはいなかったので、チョッとタイムスリップをしたみたいな感じになって懐かしさで胸がいっぱいになった。

ところが階段を上がって小高い山頂に到着した時だ。何か違和感を感じるのだ・・よく見ればあるはずの〈展望台の塔〉が消えている。

〈えぇ~っ・・飛鳥山のシンボルマークだったのにぃ・・〉

ベンチに座っている2人のご婦人に訊いてみた。

「あのぉ~すいません・・ここに建ってた塔は無くなったんですね」

「あぁ~そうねぇ、昔は塔があったわよねぇ・・でも、もう何年も前に無くなっちゃったわよ」

「そうそう、古くなっちゃってさぁ、危険だからって」
変わっていないと思った〈飛鳥山公園〉までが変わっていた。

・・・・・・・

数十年ぶりの東京は〈ホッピー〉も〈煮込み〉も〈ファミレス〉も〈塔〉も無い東京だった。懐かしさよりも、数十年の間の変貌に驚きと寂しさを感じながら〈飛鳥山公園〉を後にした僕なのであった。

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