
雪の降る地方では、今でこそスタッドレスタイヤが主流だが、昔は皆んなチェーンを巻いて雪道を走っていたものだ。チェーンの脱着はけっこう面倒な作業だった。
その女の子の愛車は真っ赤なダイハツミラだった。
やがてその街にも雪が降って道路に積もったので、タイヤにチェーンを巻かなければならなくなった。父が留守だったので、近くに住んでいる彼氏を呼び出してチェーンを巻いて貰うことにした。
やって来た彼氏が言う。
「オレ、クルマのこと詳しくないんだよなぁ。チェーンなんか巻いたことないし・・」
「なに言ってんのよ、男でしょ!頼りにしてんだからね。ホラ、お父さんのクラウン、もうチェーン巻いてるし、あれ参考にしたら?」
「そうだな、そうしよう」
そう言うと彼氏は一生懸命になってチェーンを巻き始めたのであった。
・・・・・・
「よしっ!できたぞっ!」
彼女は手を叩いて喜んだ。
「やったね!凄いじゃん!ちょっと走ってみようよ」
彼女はハンドルを握ってエンジンを掛けた。車庫から表の通りまでは雪掻きがしてあったのでなんとか出ることができたのだが、雪が積もった道に出た途端にクルマが動かなくなってしまった。
《ギュルンギュルンギュイ~ン》
雪の上でタイヤが空回りするばかりで少しも前に進まないのだ。運転席の窓を開けて外で見ている彼氏に呼び掛けた。
「ねぇ~っ!ちょっと押してみてよ~っ!」
「おしっ!押すぞ~っ!」
せ~のっ!で押すのだが動きそうにはなかった。
「おかしいわね、ちゃんとチェーン巻いてんのに」
そう言って困っていると1台のクルマが止まって、中からオジサンが出てきてこう言った。
「ハハハッ!ダメダメッ!それじゃよけいに動かんわい」
「ええっ?どうしてですか?」
彼氏が訊いてみた。
「ミラはFFじゃろ!」
「は?」
彼氏は意味が理解できないでいる。
「ワシのあのマーチもFF、前輪駆動じゃ。前のタイヤにチェーン巻かにゃぁ走らんよ」
「彼女ん家のクラウン見て着けたんですけど・・・後ろに巻いてあったし」
「クラウンはFRじゃ、後輪駆動じゃから後ろでエエんじゃ・・よしっ、ワシが着けたろうかい」
そう言うと慣れた手付きでチェーンを前輪に着け換えてくれたのだった。
「よしっ!走ってみい」
オジサンに促されて彼女はユックリとアクセルを踏んだ。すると前輪にチェーンを巻いたミラは少しも滑ることなく動きだした。
「わ~オジサンありがとう!」
喜ぶ彼女の声を、少し複雑な気分で聞いている彼氏であった。
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