No.502【置き薬】

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夕方も暗くなったころに電話が掛かってきた。

「はいっ!〇〇です」

『あっ!もしもし~わたくし■■製薬の★★と申しますがぁ・・』

それは〈置き薬屋さん〉からの電話であった。

「あっ!チョッと待って下さい。家内と代わりますので・・お~い、置き薬屋さんから電話だぞぉ」

「は~い、暫くぶりねぇ・・」

家内が台所から飛んできた。

「はいっ!お電話代わりましたぁ・・はい、はい、いいですよ・・どうぞ・・お願いします」

・・・・・・・

「ねぇ、父さん!薬屋さん、近くにいるんで、今から来るって!」

〈置き薬屋〉は忘れた頃にやってくる。

間も無くやって来た営業マンは玄関で家内と話をしていたが、5分も居ただろうか、すぐに帰っていった。ここのところ、数年は彼が来てくれている。28歳の若い男の子なのだが、もう6年もこの仕事を続けているそうだ。地味な仕事なのによく頑張っていると思う。

しかし、置き薬なんて殆んど使ってはいないのに経営が成り立つのだろうか・・不思議だ。

家内に確かめてみた。

「おい、薬、なんか使ってたかなぁ?」

「うん!ドリンクが置いてあったでしょ? リ〇ビタンDみたいな・・」

「あぁそういやあったなぁ」

「それ、1本づつ飲んだじゃないの・・ずっと前に」

「あっそうそう、そういや飲んだ飲んだ」

「その2本の代金¥220―だけだよ、払ったの」

1軒の売上がそれだけなのだ・・よく商売が成り立っているものだと思う。竿竹屋さんみたいで実に不思議だ。

なんでも「置いて頂くだけでいいんです」と、営業マンは悪びれもせず、嬉しそうにそう言うんだそうである。

・・・・・・・

ところで〈置き薬〉は子供のころからあった。

当時は富山から全国を行商していたように思う。〈柳行李〉を背負ったおじさんが家々を廻っていた。

ある日、小学校から帰って来ると〈置き薬屋さん〉が来ていて、玄関先に色々な薬を並べながらお母さんと話をしている。

薬を見ると、大手メーカーの薬のような有名な名前の薬は1つもない。普段、見たこともない〈胃薬〉や〈風邪薬〉が畳の上に並べられている。その中に赤い紙袋に入った〈トンプク〉という解熱剤があったのだが、それが妙に印象に残っている。

何よりも嬉しかったのが、おじさんが、赤・青・黄・白の蝋紙で出来た〈紙風船〉や、プラスチック製の〈小さな独楽〉などをくれることだった。

* 柳行李(やなぎごうり):細く紐状にした柳や竹を編んで作った旅行カバンのような長方形の入れ物。デッカイ弁当箱のような形をしている。謂わば昔のスーツケース。

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