No.174【冷酒】

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酒を覚えてからまだ間もない若い頃のことである。

友人の家に5・6人が集まってはちょくちょく酒を飲んでいた。先ずはビールから始まるのだが、金がない者の集りだ。高くつくビールなど、多くは用意していないのですぐに底を突いてしまった。通常ならば、次に登場するのが日本酒の一升瓶かウヰスキーの徳用ボトルなのだがその日は違った。

「ジャ~ン!これ飲もうや!夕べ親父がチョッとだけ飲んどるけどな・・貰いもんみたいじゃ」

友人が台所の冷蔵庫から球体を前後に潰したようなボトルの酒を取り出して来たのだ。ラベルが剥がれ落ちている。

「おっ!変わった酒じゃ、なんじゃそれ・・飲んだら怒られんか?」

1人の友人が問い掛けた。

「大丈夫大丈夫!これなぁ、ワシもよう分からんけど、冷やして飲む〈冷酒〉らしいで・・ホレホレ飲め飲め・・」

蓋を抜き、そう言いながら友人は皆んなのグラスに冷酒を注いで回った。飲んだ皆んなは絶賛した。

「わっ!ウマッ!この冷酒は旨いでっ❗️」
「こんなん飲んだことないわ、旨いなぁ~」

それは、実にサッパリとした口当たりで抜群に旨かったので、あっという間に無くなってしまった。そのあとは例によってウヰスキーの徳用ボトルが登場し、結局は皆んな悪酔いして潰れた。

さて、あのとき飲んだ〈冷酒〉の味が忘れられなくて、後日、僕は酒屋を探し歩いたのだが、同じものがどうしても見つからなかった。

「ドッヂボールをへちゃがしたような瓶に入っていてね、瓶の色が緑色で・・・サッパリとした味なんですけど・・」

酒屋の主人に一生懸命に説明をするのだが埒は明かなかった。

「あっさりした冷酒はこれがイチオシですけど・・・」
「そうですかぁ・・じゃぁそれ下さい」

僕は諦めて店主が薦める冷酒を、大枚叩いて買って帰った。

・・・・・・・

次の日、冷蔵庫で冷やしてあった〈冷酒〉を取り出して、ワクワクしながら飲んでみた。

《んん~~?違うなぁ・・これ、冷えたタダの日本酒じゃないか。やっぱりアレじゃないとダメだわ》

・・・・・・・

いくら探しても、あのサッパリとした味の〈冷酒〉に巡り会えなかった理由が判ったのは、後日、随分、時が経ってからであった。

あの〈冷酒〉は〈白ワイン〉だったのだ。

当時の貧乏な若者たちには、凡そ縁のないもので、皆んな〈ワイン〉なんて飲んだことがなかったし、丸い形の〈ワイン〉があるなんて知る由もなかったのだ。

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