No.244【ROLEXの腕時計】

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所謂ホテルマンは、当然、身嗜みはキチンとしている。

披露宴や各種パーティー、会議や色々な催しを行う〈宴会課〉でウェイターの仕事をしていた僕も、身嗜みには気を使ったものだ。まぁ、接客商売なのだから、身嗜みは重要な仕事の一部ではある。

因みに、よく世間でいう〈ボーイ〉とは、殆んどが〈ウェイター〉のことであって、〈ボーイ〉というのは〈ベルボーイ〉のことだということを付け加えておく。

ここで、そのホテルでの、男性ウェイターの制服について説明をさせて頂くことにするので、少しの間お付き合いを願いたいと思う。

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まず、黒の蝶ネクタイは男子全員の共通点である。

〈モンキーコート〉新人が着るもので、上着の裾を短く切ったデザインのもの。襟だけは黒だが、全体の生地の色はグレーとか淡いグリーンといった場合が多い。(サービス員)

〈黒モンキーコート〉生地も黒い。モンキーコートのひとつ格上。モンキーコートのサービス員を管理する。(班長的サービス員)

〈タキシード(ヘチマ襟)〉襟がヘチマのような滑らかなデザイン。黒モンキーより格上で、ひとつの宴会のサブマネージャー的仕事をする。(副主任)

〈タキシード(剣付き襟)〉同じタキシードでも、ヘチマ襟と違って、左右の襟が、左右上に向けて剣のように尖ったデザイン。タキシードの最高格で、担当宴会の責任者を務めたりする。(係長・主任)

モンキー・タキシード等、それぞれのズボン(スラックス・パンツ)は黒の同じもので、左右の縫い目を隠すための黒い装飾ライン(側章)が施されている。

〈モーニング〉宴会・宿泊・客室などの各課の課長(支配人)と副課長(副支配人)が着る。基本的には現場サービスはしない管理職。ズボンは縦縞が入ったもの。

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さて〈モンキーコート〉からスタートした僕も、何年か後にはなんとか〈剣付きタキシード〉を着るようになっていた。

〈サッシュベルト(装飾腹巻き)〉以外の〈タキシード〉や〈ドレスシャツ〉はいつもクリーニングから上がってきたものを着ていたのだが、ウェイター達のお洒落は〈靴〉と〈腕時計〉にも及んだ。

ある時、同僚がROLEXを腕に嵌めてきた。腕時計に拘るのはいいのだが、40ソコソコの歳でROLEXというのは些か釣り合ってはいないのではなかろうかと思ったものだ。それもシルバーならまだしも、金と銀2色の〈コンビ〉なのだから。

「おい、それ本物かぁ?」

思わす訊いてみた。

「当たり前だよ、いいだろ!」

「いくらしたんだい?」

「50万チョッとだよ」

「文字盤にダイヤが着いてるなぁ」

「あぁ、10ヶ所に着いてるからテンポイントっていうんだぜぇ」

ホテルの給料が格段に高い訳ではないのだ。彼は所謂、お坊っちゃまなのである。だから乗ってるクルマもBMW320i―M・TECの新車だ。

ホテルのウェイターがやたらにROLEXをしている訳ではないし、むしろタマにいるとしても〈シルバー〉の控え目なものをしていることが多い。なのに、ヤツの〈コンビ10ポイント〉の登場によって、宴会課の中に〈コンビROLEX〉のブームが起きてしまったのだった。流石に〈オール金張りROLEX〉に興味を注ぐヤツはいなかったのだが・・・

ところがROLEXが流行ったとはいっても、ご丁寧に本物を買うヤツはいなかった。

そしてROLEXほど偽物が多い時計も珍しい。

誰かが海外旅行に行くと聞くや、偽物のROLEXを買ってきてくれと金を渡すヤツもいた。ソイツに言わせると、出来のいい偽物ROLEXを安く売っている国があるらしいのだ。

因みに外国で本物のROLEXを買う場合にはテクニックがあるらしくて、いくら立派な構えの店でも偽物を掴ませられることがないようにしなければ、人の良い日本人は鴨にされ易いのだ。

そのテクニックとはこうだ。

まず偽物を買いたい旨を伝えて偽物を出し尽くさせたあとに、ヤッパリ本物が見たいから本物を出せ、と言うんだそうだ。

まぁ、そんな偽物でも数万円は下らないので、僕なんかはもっと酷い偽物を買ったりした。

ホームセンターの時計売り場に行ってよく探せば、それこそ訳の分からない時計の中に、ROLEXモドキがあったりするのだ。¥1000―~¥2000―の間のもので、パッと見、ROLEXに見間違えるものがあったりするのだ。パッと見である。

どうせ遊びで着けるROLEXなんだからと、そのコンビROLEXを買って帰ったのだ。ついでに女物の、本物ならば更に値が張る〈黒文字盤〉のコンビROLEXもあったので、家内へのお土産用にそれも買ったのだった。

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さて、ホテルではその偽物ROLEXをしてサービスを続けていたのだが、流石に¥1500―だけのことはある。金色に輝くベゼルと、ベルト中央部の金色の部分とが擦れてきて銀色の下地が出てきた。いくら偽物でもこれはマズイと思ったので、事務所に行って黄色いマジックインキで塗装したら〈立派なコンビ〉に戻った。

目の肥えたお客様が多いシティホテルだ。そんな偽物なんか一目でバレていたのだろう。いや、案外、バレてはいなかったのだろうか。尤も、バレてはいても《あなた、それ偽物でしょう?》なんて言うお客さんがいるはずもないのだが・・・今思っても恥ずかしい限りである。

結局、ホテル内で本物のROLEXを着けていたのは数人だけに留まったのだった。

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一方、家内の方はといえば、何も知らずに〈黒文字盤のコンビROLEX〉を腕にしてバスの吊革をを握っていた時、隣の人にジロジロ見られて感じが悪かった、と言ってご機嫌斜めだった。家内にはROLEXをジロ見られる意味がわからないのだ。

ROLEXについては、〈いかにも感〉というか〈これ見よがし感〉というか、そういう感じからだろうか、賛否両論があるのだが、やはりブランド時計としては、押しも押されぬ〈王様〉であることには間違いはない。

思うに、ROLEXは実用する時計ではなくて、謂わば〈宝石貴金属〉の部類の美術工芸品の色合いが濃い時計のように思う。

そして、実際に身に着けて歩く時には《金》と《ダイヤ・ルビー等》の宝飾されていないROLEXを選んだほうがベターだと思うのだ。なぜならば、余程の人でも〈金ダイヤ系統ROLEX〉は、時計が人を連れて歩いている感じにならないとも限らないからだ。

〈金ダイヤ系統ROLEX〉の似合う人とは、ROLEXを意識しない、ROLEXを何とも思わない〈無の境地〉でいられる、例えば超大金持ちのような人だけなのかも知れないし、逆に言えば、ROLEXが人を選ぶのかもしれない。

無意識という意味では家内が当て嵌まっていたのだが、今回のプレゼントの偽物ROLEXを腕に着けてみて、初めてROLEXという時計のなんたるかを理解したようである。

そして、数ある〈高級ブランド時計〉には、時計としての、本来の機能・正確さは、あまり要求はされていないのかもしれないとも思うのだ。

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