No.357【ドンデン】

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〈ホテルの仕事〉は、一見スマートで綺麗なものに見えるかもしれない。

けれども、どんな社会の裏にも外部からは見えないものがあるもので、優雅なイメージの〈ホテル〉だってその例外ではない。

その優雅なホテルが戦場と化すことがあるのだ。それは〈結婚披露宴〉の時に起こることが多い。いや、披露宴と披露宴の間と言ったほうが正確である。

ホテルの宴会場では〈国際会議〉や〈政治家のパーティー〉や〈展示会〉〈メーカーの新製品発表会〉〈各種パーティー〉などなど、ありとあらゆる催し物が開かれるのだが、その中でも、宴会時間が伸び易いのが〈結婚披露宴〉なのである。

〈結婚披露宴〉は、日によってはホテルのキャパいっぱいの件数を受けていることがある。

例えば5つある披露宴会場で10件の披露宴を回さなければならない場合は、それぞれの会場を2回転させなければならない。

通常1つの披露宴が終って、同じ部屋で次の披露宴を行う場合は、間の時間を1時間半取っている。

前の披露宴が終ると、急いで片付けて次の披露宴の会場をつくらなければならない。

ところが、キッチリと時間通りに終らないのが〈結婚披露宴〉なのだ。

30分伸びは結構あることなのだが、酷い時には1時間伸び、最悪は1時間10分伸びて、片付けて次の準備をする時間が20分しかないということもあった。

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伸びに伸びた披露宴がやっと御開きになった。次の披露宴まで20分しかない。

事態の深刻さを充分に理解している司会者が、引きつりそうな表情を笑顔で隠して1秒でも早くお客様を退場させようと必死だ。

「本日は誠におめでとうございます。ご退席の準備が整いました方から、どうぞ御開き口のほうへお進み下さいますようお願い申し上げます。御開き口では、新郎新婦が立礼にて皆様をお見送りさせて頂いております。順次、どうぞ御開き口の方へお進み下さいますようお願い申し上げます」

使った会場を素早く片付けて次の宴会の準備を短時間で整えることを〈ドンデン〉という。〈どんでん返し〉という意味である。

お客様が会場から総て退席したあと、〈ドンデン〉ではザッと次のようなことをしなければならない。

各テーブルの上には〈グラス〉〈デミカップ〉〈デセール皿〉〈キャンドル花〉などが沢山散らばっている。

それらを総て撤去し、テーブルクロスを張り替え、新しい〈キャンドル花〉を置き、洋食なら〈グラス・シルバー・ナプキン〉をテーブル人数分素早くセッティングする。

和食や和洋折衷なら、半月盆に箸、先付けの前菜、寿司桶、醤油お猪口をセッティングする。慌てるあまり醤油をクロスに溢したりするとそのテーブルはまたクロスを張り替えて最初からやり直しになる。

セッティングが完了したら、今度は御両家からお預りしている〈御車代〉を指定されたところに付け、引出物を椅子の上に置いていく・・・

こんなことをを20分で完了させなければならないのだ。それも100人以上分を・・・

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バックヤードには料飲や宿泊部門からもヘルプの人間が集まって待機している。

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そうしてやっと総てのお客様が御開き口から退場してスッとドアが閉じる。

瞬間、総勢50人弱の〈ドンデン部隊〉が一挙に会場に雪崩れ込む。

さぁ、阿鼻叫喚、嵐のような〈ドンデン〉が始まった。

「おら~~っバケツ持ってこい❗️なにやってんだよ❗️バカヤロー❗️」

皆んな阿修羅のような顔をして動き回る。

残った料理はどんどんバケツに捨てられていく。

あっちでは新しいテーブルクロスを張っている。

「クロス張ったところから早くシルバー撒いてけよっ❗️」

シルバーは人数分をテーブルに投げるように撒いたあと、電光石火でセッティングしていく。

高砂の席では〈花屋〉の女の子がテーブルに胡蝶蘭を飾り付けていく。

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片や静かな会場外のホワイエでは、次のお客様が食前酒とカナッペを楽しみながら〈披露宴〉が開宴するのを待っている。

ドア1枚で隔てられた2つの空間には天と地の違いがあるのだ。

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皆が阿修羅の形相で動き回っている〈ドンデン会場〉にはお客様の入場時間が容赦なく迫ってくる。残り5分・・4分・・3分・・2分・・1分を切るとマイクでカウントダウンが始まる。

皆んなは最後の最後までコマネズミのように動き回っている。

残り10秒で総てのセッティングが完了、ドンデン部隊はサッ!とバックヤードに下がると同時に、左腕にトーションを掛けたサービス員が一斉に各担当テーブルの頭に立ち並ぶや、穏やかなBGMの中、何事もなかったかのようにドアが開けられると、静かにお客様が入場してくるのである。

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