No.70【酋長の娘】

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若い時に台湾旅行に行ったことがある。その当時の私は今とは違って、自分で言うのもなんだが、スタイルも良くてなかなかのイケメンだった・・・と思う。
台湾は素晴らしいところだった。愛機PENTAX‐SPを肩に掛け、ジーンズにTシャツ姿という出で立ちで大いにハシャギまくった。
滞在2日目に台北の近くの烏來に行った。トロッコ列車に乗って山の上まで行くと、原住山岳民族のタイヤル族が迎えてくれた。
随分あとになって知ったことなのだが、台湾が日本であった戦時中、タイヤルなどの山岳族は「高砂義勇兵」として、フィリピンやニューギニアの密林地帯を駆け巡り、日本軍に多大な貢献もたらしたそうである。
彼等は日本軍属として戦ったことにプライドを持っていて親日的な人が多いと聞くし、旅行の当時は日本語がペラペラの台湾人もまだ多かった。
さて、烏來に着いてタイヤル族のショーを見たり滝を見たり、温泉を巡ったりしたあと、ある土産物店に入ってタイヤル族の人形や置物やらを物色していた。
すると初老の店主が流暢な日本語で私に話し掛けてきた。
「こんにちは!あなたは日本人ですか?」
「はい、日本から旅行に来ました」
「あなたは素晴らしい日本の青年ですね。タイヤル族の酋長の娘婿になって欲しいくらいです。」
「いえいえ、僕なんかとんでもありませんよ」
「いやいや、あなたなら大丈夫です」
最初は当然、社交辞令だと思っていたのだが、なぜか雰囲気が真面目なのだ。
「酋長の娘は美人ですよ。あなたにお似合いだ」
そうして暫くの間おだてられ続けていい気分になっていたのだが、移動の時間が来てしまった。
「もうお帰りですか。残念です。是非また台湾に来てください」
そういう店主の言葉に見送られながら、私は土産物店を後にした。
・・・・・・・
「烏來観光」が終って山を降り、バスの中で隣の友人にそのことを話した。
「いや~けっこう真剣だったんだよ」
「なにノーテンキなこと言ってんだよ。ベンチャラ!リップサービスに決まってるだろ!」
友人はバカにしてまったく相手にしてはくれなかった。
・・・・・・
一旦バスは台北に戻り、次の目的地である台中に行くために、私達は特急列車に乗り込んだ。午後は「日月潭」に行く予定だ。
それにしても台湾に来て2日しか経っていないというのに、旨いのだが、ラードばかり使う台湾料理に胃袋が疲れていたのか、特急列車内で食べた「日式幕の内弁当」が懐かしくて、ことのほか旨かった。
列車は快適に走っている。車窓には台湾の美しい田園風景が流れている。
《・・・しかし、土産物のひとつも買ってやしないのに、あの人の言い方はかなり真剣だったしなぁ・・・》
《いやいや、そんなわけないよな、商売トークに決まってるよ、うん・・》
《しかしもう少し時間があったら良かったのになぁ・・・酋長の婿かぁ・・美人の娘って見てみたかっなぁ・・》
PENTAX‐SPを撫でながら妄想に耽っていると、列車の窓に街の景色が見えてきた。もう台中駅が近いのだろう。

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