No.72【絶対に当たる馬券】

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ホテルのバックヤードは競馬の話で盛り上がっていた。
「最近ちっとも当たんねぇなぁ。穴狙い止めちまおうかなぁオレ」
Aは無類の競馬好きなのだが、近頃予想が外れてばかりで不満を漏らしていた。もとより博打なんて当たらないものと決まってはいるのだが・・・・
「今日はジャパンC(ジャパンカップ)かぁ・・・よしっ!決めた!」
「何を決めたんだよ」
私は訊いてみた。
「あのさぁ、今日から穴狙いは止めるわ。絶対に当てる競馬に転向だ!」
「なに言ってんだよ。絶対に当たる?んなことが出来る訳ないだろ?もう競馬なんか止めとけ止めとけ」
「おいお前、枠連って知ってるか?」
「競馬をしないからって、そのくらいのことは知ってるさ」
「全部買うのさ」
「はぁ?」
「枠連36通りを全部買うのさ」
「はぁ~?」
「18頭出ても枠連は全部で36通りなんだよ。それを全買いさえすりゃ絶対に当たるってことよ」
馬券の買い方には「枠連」「馬連」「単勝」「複勝」などの数種類があるのだが、Aは枠連を全種類買おうと言うのだった。尤も最近ではさらに複雑な買い方もできるようになったようであるが・・・Aは得意げに話を続けた。
「なっ!絶対に外れんだろうよ。オレ、チョッとATMで金おろしてくるわ」
そう言うとAは席を立っていった。
・・・・・・
暫くして返って来たAがアルバイトの男子学生になにやら話し掛けている。
「お前さぁ、金渡すから場外馬券売場に行って馬券買ってきてくれよ」
「はい、いいスけどサービスのほうが・・・」
「今日はコーヒー出すだけだろ、そのくらい楽勝だ。おめぇの担当分も出しといてやらぁ」
「はい。すいません、よろしくお願いします」
「じゃ、これな、36通り買うんだから36枚あるぞ」
と言ってAは金を差し出したのだが、受け取ったアルバイト学生がスットンキョウな声をあげた。
「あの~これ全部1万円札なんですけど!」
「当ったりメェ~だバカヤロー!江戸っ子がチンタラ端下金なんか使ってられるかってんだ!」
江戸っ子かどうかは定かではないが、やたらに威勢だけはいい。
Aは穴狙いを止めて鉄板を狙うと言った舌の根も乾かない内から、やっぱり大博打をやろうとしている。すでに36通りを買うところからがもう大博打なのだから、Aの根性はちっとも変わってはいなかったのだった。
・・・・・
なぜ彼がジャパンCを狙ったのかというと、このレースは荒れることが比較的多いからなのだった。荒れるというのは、本命馬や対抗馬などの有力馬が敗けて、とんでもないマイナー馬が勝ったりするということで、普通、馬連よりも配当が低い枠連でも高配当を期待できるからであった。
・・・・・・
暫くして、ハァハァと息を切らせながらバイト学生が帰ってきた。
「はい!Aさん、買ってきました!もう、窓口で隣のおじさんに兄ちゃんスゲーなぁって言われましたよ。あっ!まだコーヒー出してなかったんですね。間に合って良かったです」
「おう、ご苦労さん!ほう~流石にこんな馬券はオレも初めて見たわ」
受け取った36枚の馬券の総てには《10,000円》と印刷してあった。
・・・・・・・
「お~い!会議が終わったぞ!お客さん、休憩に入ったからコーヒー出すぞ~」
キャプテンから声が掛かった。
・・・・・・・
そろそろレースが終わる時間になっていた。
「おい!11レース終わったんだろ!なにが来たんだ!」
Aは飲み終えたコーヒーカップをバックヤードに下げながら、馬券を買いに行かせたバイトにジャパンCの結果を訊いた。
「Aさん!3―4です!3―4!」
バイトの学生が答えた。休憩室まで行ってテレビ中継を見て来いとAに言われていたのだ。
「3枠っていやぁ本命馬がいる枠じゃねぇか!」
「4枠が不人気馬ですから・・・」
「オッズはっ!?」
「34.74倍です!」
「なんだよ34倍かよ・・・もっと荒れろよなっ!お前、すぐに換金してこいや!」
Aは例のバイトに言いつけた。
「はい!・・でも、枠連で34倍って結構凄いっすよ」
・・・・・・・
結局、35枚の馬券は紙屑になってしまって「3―4」の馬券1枚だけが347,400円になったのだった。
・・・・・・・
換金から帰ってきたバイトは34万7,400円をAに手渡した。
「おう、端数は取っとけ、で、これは駄賃だ」
Aはそう言ってバイトに1万円札を渡した。結局は36万円注ぎ込んで33万円が手元に残ったのだったのだが・・・
「やっぱり来週からは本命馬3点流しだなぁ」
と、懲りないAの言葉がバックヤードに響くばかりであった。



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