No.101【フルートの恩】

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若い時は大体が貧乏である。私も例外ではない。
では、今はどうなんだと問われれば、無論、今もそうである。
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その当時、私は東京北区滝野川の安アパートに住んでいた。
アルバイトで稼いではいたのだが、給料日前にもなると、決まって金欠病になるのであった。
振り込み日がまだ一週間も先だというのにタバコも買えないという有り様で、灰皿から長めの吸殻を集めてはシケモクを吸ったりもしたものだ。
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アパート近くの都電荒川線に乗って、滝野川から2つ先の新庚申塚で降りると、中仙道という大きな通りに出るのだが、その通りに一軒の質屋があった。
若い男には凡そ縁のないところなのだろうが、空腹に耐え兼ねた私は、幾度かその質屋のお世話になったことがある。
質屋というところは、威張って入るところではないので、「質」という看板も控え目であったし、看板から少し奥まったところに玄関というか、入り口があった。
初めてそこに来た時には、当然、回りの目を気にしながら、丸で犯罪者の如くにコソコソと入っていったものである。
ガラガラと引き戸を開けて中に入ると、そこは、客側と店側とが真ん中で仕切ってあって、店側は畳の間で店主が座るのだろう、座布団が一枚敷かれてあるのだが誰もいない。
「・・ごめんください・・・」
私は恐る恐る声を掛けてみた。すると奥からメガネを掛けた中年のオジサンが出てきて事務的な挨拶をする。
「いらっしゃいませ・・」
そして、座布団に座った店主は上目遣いに私を凝視した。
《・・なんだよ、感じ悪いなぁ》
「・・あ、あのぉ~こういうところ、初めてなんですけど・・お金を貸して頂けるんで、すか?」
「あ~はい・・・あの、身分証明出来るものがありますか?」
店主は私がどういう人物なのかを観察している。
「あっ!はい!・・免許証で、いいですか?」
私は免許証を差し出した。
店主は免許証を確認しながらさらに訊ねてくる。
「なにをやってるんですか?職業ですよ」
「〇〇〇〇で★★★★をやってますが・・・」
「そうですか、で、モノはなんでしょう?」
信用されたのだろうか?交渉が少し進展したようである。
「はい、これなんですが・・」
そう言って、私はカウンターの上に、大切にしているフルートの黒いケースを差し出したのだった。
ケースの蓋を開けてフルートを確認した店主が言う。
「・・YAMAHAのYFL-31・・定価10万円の楽器だねぇ・・」
私は正直驚いた。一目見ただけで、それがどういうフルートなのかを言い当てたのだから。質屋を侮るなかれ、恐るべし!
「・・ど、おでしょうか?駄目ですか?」
私は怖々訊ねた。
「そうですね、1万円ですね!」
「1万円ですか!・・」
実際もう少しは値が付くと思っていたので私はショックを受けたのだが、背に腹は変えられない。手を打つことにした。
「はい!じゃぁお願いします」
「利息は1ヶ月で★★になります。元金が返済出来なくても金利だけ払っていただければ借り入れ期間を延ばすことはできます。〇〇までに返済が無ければ、このフルートは流れますよ」
こうして私のフルートは「質草」という人質になったのだった。
そして、店主が差し出した契約書に住所と氏名を記入し、「質札」と1万円札を受け取ってそそくさと店を出たのであった。
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結局そのフルートは数回その質屋を出入りすることになったのだが、遂に質流れ品にすることもなく、30年以上経った今でも私の手元に残っている。もうあまり吹く機会もないのだが、今でも大切に保管している。

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