No.222【碧色の淵】

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少年時代に過ごしたところは、3つの大きな川に囲まれた町だった。

夏休みともなると、友達4・5人でよく泳ぎに行った。当時は、危険だからといって学校が川遊びを禁じたりはしなかったのだ。在学中に生徒が2人も溺れ死んでいるのに、それでもPTAが騒ぐようなことも無かったのである。

町は山間部に位置していて、流れる川は中流域なのだが、上流域もそんなに遠くはなかったので、タマには自転車に乗って、上流まで泳ぎに行っていた。

上流は〈ミニ渓谷〉の様相を呈していて、川岸には大きな岩がいっばいあった。少年達はそこから川に飛び込んで遊んだ。岩場の頭上には山々の緑が覆い繁っていて、夏の陽射しの中で、クマ蝉やミンミン蝉が喧しく鳴いている。

水は冷たかった。陽射しはあるのだが、涼しい川風も吹いてるので身体が冷えた。だから、岩場に上がっては日光浴をして、身体を温めながら泳がなければならなかった。

飛び込みに飽きると決まって潜って遊んだ。

水に潜ると、そこは静かな異空間になる。そして水中メガネの中から見える景色は本当に綺麗だった。川底を歩き回るのも凄く楽しかった。水の中では、大きな石でも持ち上げることが出来たので、石を胸に抱えて月面を歩くように、フワフワと川底を歩くのだ。

渓流では予期せぬことも起こった。

「おいっ!この下の深いところだけが水が冷たいでぇ。岩の隙間のところ」

友達がそう言うので潜ってみた。

すると、なるほど岩の下から冷たい水が湧き出ている。覗き込みながらソッと手を入れてみた。《ヌルッ!》っとしたあとに中から黒いものが顔を覗かせる。

《❗️・・・・》

それはオオサンショウウオだった。慌てて浮上しようとしたその時、水中メガネのガラスを岩の角にぶつけてしまった。

〈パリッ!〉

ガラスが割れてドッと水が入ってくる。目の周りが冷やっとした瞬間に視界がボケボケになってパニックになった。なんとか水面に顔を出すことができたが、友達にはゲラゲラ笑われた。

さて、その上流には恐ろしく深い淵があった。水が綺麗なので、少々深いところでも底が透き通って見えるのだが、その淵だけは碧色で底が見えないのだ。

その深い淵の底にタッチするのを皆んなで何度も挑戦したことがある。

次々に潜ってみるのだが底まで到達するヤツはいないのだった。

僕の番が来た。

「よしっ!潜るぞ~」

意を決してオデコに上げていた水中メガネを目の位置まで下ろして潜る準備を整える。立ち泳ぎをしながら深呼吸をして大きく息を吸ったあと、頭を水中に突っ込んで潜って行く。

深くなっていくにつれて、段々に日光が届かなくなってきて暗くなってくる。河童か妖怪が出てきそうなほど気味が悪い。手を掻いても掻いても中々底が見えてこない。水圧で耳が痛くなる。息が苦しくなる。帰りの息のことを考えずに潜ってしまうと溺れてしまうので危険だ。だから、適当なところで見切りを付けて浮上しなければならないのだった。

僕は諦めた。

底への未練を残しながらも、身体を上向きにして今度は水面を目指すのだ。
見上げると遥か上の水面に首から下の、立ち泳ぎをしている友達たちの身体が見える。

息が苦しくなってきた。限界だ!しかし手を掻いても掻いても水面が中々近づいてこない!

《うう~~っ❗️》

必死に水面に向かって泳ぐ。ほとんど溺れる寸前にやっと水面に辿り着いた。

〈ザバ~ッ❗️〉

「フ――ッ!ハァッハァッハァハァッ❗️」

なんとか間に合って死なずに済んだ。

・・・・・・・

上流に泳ぎに行く度に、皆んなで何度も挑戦したのだが、結局、夏休みの間にその難攻不落の深い淵の底にタッチしたヤツは、誰1人いなかった。

(当時の水中メガネの窓の材質は、総てガラスだった。まだ樹脂製はなかった)

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