N0.35【百円札】

Uncategorized





僕が中学生の頃には、まだ板垣退助の百円札が流通していた。無論、現在の100円玉よりも風格も価値もあった。当時、子供が百円札を持っていると相当リッチな気分になったものである。
「ジャ~ン!キレイじゃろ!」
三時限目が終わった休憩時間に、ひとりの友達が僕の机の上に新札の百円札をポ~ンと差し出した。
「わぁ❗️凄いなぁ!金持ち~っ」
なになに?と、もうひとりの友達が割り込んできた。
「エエなぁ、ワシ、百円札なんかしばらく持ったことないでぇ。そうじやそうじゃ、これ、色鉛筆で描いてみんか?」
それは面白いということになって、三人は百円札の偽札を競って描くことになったのだった。百円札を持っていない奴は親に借りなけらばならなかった。
・・・・・・・・・・
三日後の放課後、三人は約束した講堂の裏にやってきた。今日は偽札の完成品を見せ合う日なのだ。
言い出しっぺが言う。
「みんな描いてきたかぁ?」
「うん、描いたでぇ、でもあんまり出来がようないわぁ」
ひとりは自分の百円札に自信がなさそうだったが、僕には自信があった。
「けっこうエエのが描けたと思うんじゃけど・・どう?」
といって作品を差し出した。
「スゲ~ッ‼️」
「これほんものじゃ~っ‼️」
二人は絶賛してくれたのだった。
僕の描いた偽札は、床に落ちている状態だと、まず本物にしか見えないという程の出来映えであったので、この偽札でクラスの皆んなを騙してやろうということになった。
次の日、教室の床に偽札を落としておいては、三人はイタズラを仕掛けた。仕掛けられた全員が全員、偽札だとは見抜けなかったのだった。
「次いってみよ~っ!」
僕は二人を促して、今度は廊下に偽札を落としておいて、影に隠れて次の獲物を待っていたが、こともあろうに担任の先生が歩いてきたではないか。先生はすぐに百円札に気付くとそれを拾ってしまった。手に持って、ン?という顔をした。
「これを描いたんは誰じゃ!」
《あ~ヤバイ!》
・・・・・・・・・・・
「・・はい、僕です・・・」
仕方なく名乗り出た。
「お前か!偽札描いたらいかんじゃろうが‼️こりゃぁ預かっておく!」
こうして僕の百円札は没収されてしまった。二人の友達が、もう一回描けばいいじゃないかと慰めてくれたりもしたのだが、二度目を描く気力はなかった。
・・・・・・・・
あれから数ヶ月が経って、中学校は夏休みに入った。担任の先生にけっこう可愛がられていた僕は「夏休みに遊びにこないか?」と先生から誘われていたので、ある日、例の友達と三人で遊びに行くことにした。
「よう来たなぁ~」と先生は大変に喜んでくださって、奥様が切ってくださったスイカをご馳走になったり、近くの川に小魚を釣りに連れていってもらったりもしたのだが
「最後にエエもん見せてやろう」
先生はそういうと僕達を奥の座敷へと案内し、押入れの襖を開けると中から日本刀を数本取り出してきて畳の上に並べはじめた。
「こりゃぁ全部本物じゃ、持ってみぃ」
と言って、鞘から抜いた真剣を皆んなに持たせてくださったのだが、その重いこと重いこと。真剣というものは実際に手にとって構えると、なんだか気持ちが悪いような感じもするのだった。
「槍もあるぞ」
と、先生は襖の上の鴨居をぐるりと指差した。なるほど、鴨居の上には数本の槍が掛かっているのだが、槍の隣にはいくつかの額も並べて飾ってある。
「あっ!先生あれっ‼️」
そこには没収された僕の百円札が綺麗な額縁に入れられて、丁重に飾ってあった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました